【記事掲載】トランプ大統領誕生 – 新しいアメリカの行方は?

モーリー・ロバートソンは今回ニューヨークで取材をし、アメリカに住んでいるたくさんの人と話して感じた事、ニューヨークのメディアが報道してきた事、そして彼自身のトランプの味方、新しく変わっていくだろうアメリカをまとめました。

■トランプ候補勝利!大番狂わせの要因
正直申しまして、あまりにも意外でした。僅差でクリントン氏が勝つか圧勝するかのどちからだと、どの大手メディアも観測していただけに開票速報が流れた時には「青天の霹靂」でした。クリントン陣営は模範的な選挙の戦いをしたので、非の打ち所はありません。アメリカの白人社会の「本音」がマグマのように吹き出たのかもしれません。

モーリーロバートソン
モーリーロバートソン

■“隠れトランプ”とは
〜どの層に隠れていた?〜
実はどの層にも隠れていたようです。白人の大学卒業者、中産階級の白人女性、ヒスパニック、アジア系などの各層に一様に「隠れて」いたのかもしれません。

〜なぜ隠れていた?〜
これは仮説のレベルですが、「自分はトランプを支持している」と大っぴらに語るのがはばかられる空気が社会に流れたため、アンケートに素直に回答した人たちが少なかった可能性があります。あるいは「ヒラリー・クリントン候補はあまりにも悪辣であり、変化はもう期待的ない」と「ヒラリー以外なら誰にでも」という票を投じたのかもしれません。

モーリーロバートソン
モーリーロバートソン

■モーリーが現地で感じられた選挙前、選挙中のアメリカの雰囲気・空気感
選挙前のマンハッタンでいろいろな人に話を聞いた範囲では、クリントン候補の圧勝か、僅差での勝利を確信していました。一定以上の教育レベルを満たす人たちにばかり話を聞いたからかもしれません。しかし南部ノースカロライナ州のスタジアムで開催されたトランプ氏の集会に行った時にはこの傾向が逆転しました。

1970年代に子供の頃、1年間ノースカロライナ州に住んだことがあったのですが、その頃とまったく変わらない家族構成、話し方、ファッションセンス、ヘアスタイルの金髪女性たちがこぞって車で駆けつけたのを見た時には「オーマイガッ!」と衝撃を受けた次第です。IT革命があったのに、外からの文化や価値観を取り入れるどころか、かえって内向きさが強化されている…ノースカロライナの女性たちに「トランプ氏の女性問題は気にならないのですか?」と尋ねると「男なら普通にあることだし、もう謝罪したんだから、いちいち気にしないで!」と逆襲されました。

選挙当日はニューヨーク州郊外とマンハッタンで取材をしましたが、開票速報が流れるに連れてクリントン陣営には次第に暗雲が漂い、トランプ支持者たちはトランプタワーの前で気勢を上げたりしている姿を見かけました。

タイムズスクエアで深夜の開票を見守っていたところ、次第にトランプ氏のリーチが確定するにつれ、それまで鳴りを潜めていたトランプ支持者達が大声で「イエーイ!」と歓声を上げる一方、広場に集まったほとんどの人(クリントン支持)が気まずい沈黙に包まれました。タイムズスクエアがあんなに静まり返ったのを体験したのは初めてです。

ABCニュースのスクリーンでは、ペンシルバニア州を取ったトランプ氏の速報を流すのを渋るように1時間以上も情報が更新されませんでした。スマホで調べるとトランプ氏の当確が出ているのに、ABCニュースは更新なし。「なんだ、この情報統制は?」と少し情けない気分でタイムズスクエアを後にしました。

img_6451

■選挙後の国民・メディア等の反応
マンハッタンでは「信じられない」という表情で呆然としている人々が目立ちます。街頭インタビューをしたところ、若者はむしろ積極的に怒っている人がたくさん話してくれました。特に未成年でまだ投票できない年齢の子たちが男女ともに「この国は最悪の状態に陥っている。投票できる年齢になったら政治を変えるために活動する」とスイッチが入る人、多数。

黒人、女性、LGBT、若者などの広い範囲でトランプ氏の当選に憤りと不安を覚えているようです。ある大学生の青年は「ぼくらの世代にとっての1960年代が到来したかのようだ」と話しました。1960年代はベトナム戦争に対する大規模な反戦運動が起こり、若い世代とニクソン政権が戦った時代です。

ただ、これらのインタビューのサンプルはマンハッタンの中に限定されたものであり、国民の半数以上がトランプ氏を熱く支持した実情が見えてきません。大手メディアもFOXニュースを除いてはリベラル系なので、もっぱら「なぜあんなに素晴らしいクリントン氏が負けたのだろう」と敗因を探すのに賢明で、「トランプ政権」の時代に向き合う心の準備はできていないようです。

モーリーロバートソン
モーリーロバートソン

■今後の動きでの注目ポイント
今回の大統領選の動向をどのメディアでも評論家、専門家たちがしたり顔で分析し、予測を立てていました。その95%が外れたわけです。統計学を使ったモデリングやビッグデータがどうのうこうの、という大手メディアの威信が著しく失墜した瞬間です。

論理よりも「情緒」に訴えかけたトランプ氏の劇場型政治に恐怖を持つ人、諦めて受け入れる人、諸手を挙げて礼賛する人などへとアメリカ社会が分裂していくことでしょう。

■トランプ大統領になったらアメリカ、日本、世界はどうなるのか
アメリカは孤立主義的な方向へと大きく舵取りを変更し、自由貿易も拒絶する可能性があります。NATOや日米安保を「アメリカが損するばかりだ」とトランプ氏はこき下ろしてきました。アメリカが自国を守るためには巨額の軍事費を拠出する一方、海外の米軍基地を縮小・撤退させたり、集団的自衛権の条約を反故にしたりすれば、第二次大戦以後の世界秩序、つまり「アメリカの世紀」が露と消えてしまうリスクがあります。

アメリカが内向きに引きこもってしまった場合、その権力の空白に便乗するのはロシアと中国、そして先進国各国の極右政党です。英国のEU離脱(ブレクジット)に次ぐトランプ氏の圧勝は、EUでは連鎖反応を産むことでしょう。EU懐疑論者やEU否定論者が選挙で勢いづき、本当にEUを解体してそれぞれの国境を強めるという閉鎖的な方向にヨーロッパがシフトするかもしれません。

日本では当面、ドルへの不安から円が押し上げられ、その副作用が経済に出てくるのではないかと思います。また1月の大統領就任以降は真っ先に「在日米軍の費用を日本側が100%負担せよ。しかも、賃料アップだ」と迫ってくるかもしれません。日本政府は日米安保を取るか、経費削減と改憲・自主防衛を取るかの非常に苦しい選択を迫られるかも。

また中国も南シナ海や尖閣領域に大いなる進出のチャンスを見出し、これまでの領海侵犯を超える挑発や(もしかすると)軍事行動も発生するかも。そこまで行ってしまって「アメリカは助けてくれない」となると、日本の世論が急速に右旋回する道が開かれます。改憲、そして自衛隊の自衛軍への格上げです。そこから先は、考えたことがないので見えません!

モーリーロバートソン
モーリーロバートソン

■『メイク・アメリカ・グレート・アゲイン』は実現できるか
ぱっと考えると、無理です。アメリカ経済は世界中の国々と相互依存しています。そのようなグローバル経済を産み育てたのはそもそも戦後のアメリカだったのですから。規制をどんどんと緩和し、企業が安い賃金を求めて製造拠点を国外に移すように促したのは他ならぬ歴代のアメリカの政権です。

共和党、民主党ともにグローバリズムを推進したあげく自国の白人中産階級を弱めたのであり、金持ちへの減税で今からレーガノミクスの二番煎じを試みたところで豊かさが生まれるわけがないと思っています。

アメリカは「おれたちは最高だ!」と叫びながら地面の中へと沈んでいってしまうのではないでしょうか?さしあたって経済弱者や社会弱者への救済に使う社会福祉や医療費をトランプ政権は「無駄な支出だ」と主張するでしょうから、まずはアメリカの超貧困層が急拡大する可能性があります。メキシコとの国境に本物の壁を建設しようとした場合もべらぼうに経費がかかり、結局アメリカ経済の首を絞めることになります。正気の沙汰じゃないな、これは。

モーリーロバートソン
モーリーロバートソン

■トランプ政権の今後の課題
選挙キャンペーン中に放言したあらゆるめちゃくちゃな公約をいっぺん整理しなおすこと。本当は「いっぺん死ねや」と言いたいところですが、我慢します。外部から専門家をたくさん呼び込んでバランスの良い決定をできれば、なんとか政権の運営も可能かも。しかし選挙参謀だった極右メディア「ブライトバート・ニュース」の会長をホワイトハウスに招き入れるようなことをすると、アメリカ社会の半分からは猛烈な反発を受けることになります。「何をやってもいいから、まともでいて!」と願っているアメリカ人は大勢いることでしょう。せめて白人優位の差別発言や女性蔑視の発言を控えてほしい。フィリピンのドゥテルテじゃないんだから。

■トランプ政権の明るい材料
ぼく自身がリベラルのメガネを通してしかものを見てこなかったので、明るい材料が思い浮かびません。しかし街頭インタビューで話した若者の反発するエネルギーにはかっこよさと希望を感じました。

これは「スター・ウォーズ」で言うならば「帝国の逆襲」の状態です。その次には「ジェダイの帰還」がやってくるのです。きっと、そうです!ぼくはせめて、ジャバ・ザ・ハットへと堕落するのではなくオビ=ワン・ケノービになって若者たちの魂に火をつける側に回りたいと思っています。「トランプのKGB」に狙われたら、日本に亡命申請をします。

モーリーロバートソン
モーリーロバートソン

■メール問題がヒラリー候補に与えたダメージの深刻さについて
本来メール問題は大したことがないはずだったと思います。しかしセンセーショナルな報道が各メディアで続き、トランプ氏も共和党陣営もクリントン氏を「嘘つきの既得権者」とレッテル貼りして人格攻撃し続けたため、いつしか過半数のアメリカ人がクリントン氏を理屈抜きで「なんとなく」嫌悪する方向へと誘導されていったように思います。

電子メールをめぐる疑惑や不正は共和党のジョージ・ブッシュ政権でも満載でしたから。人はその都度、見たいものしか見ないのかもしれません。その人の心の弱さにトランプ氏は麻薬のようにつけいったのだと思います。今、まさにアメリカの麻薬中毒と禁断症状のサイクルが始まったところです。